最終更新日:2015年12月10日
※日付は日本時間
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レポートインデックス
レポート6(2015年12月10日)>>掘削終了、サウサンプトン港まであと1000キロ
レポート5(2015年12月7日)>>厨房へ潜入!
レポート4(2015年12月3日)>>フクロウがやってきた!
レポート3(2015年11月30日)>>あっという間に終盤
レポート2(2015年11月6日)>>もうすぐオンサイト!
レポート1(2015年10月28日)>>出航しました
レポート6(2015年12月10日):掘削終了、サウサンプトン港まであと1000キロ
諸野祐樹(JAMSTEC/Microbiologist)

写真1:科学チームのメンバー、テクニカルスタッフ、ブレーメン大学の掘削エンジニア、イギリス地質調査所の掘削エンジニアみんなで撮影した集合写真。James Cook号の船員の方を含めて54人のメンバーで過ごした6週間。大変なこともありましたがとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。
またまた海洋研究開発機構の諸野です。
さて、皆さん、ピカンパイ、アップルクランブル、ってご存知ですか?僕はIODPに参加するまで見たことも聞いたこともありませんでした。どちらもデザートの名前です。ピカンパイはクルミの一種を使ったパイ、アップルクランブルはリンゴの上にサクサクした生地が乗っている焼き菓子に、食べる直前に温かいカスタードクリームをかけて食べるものです。アップルクランブルは2009年にアメリカのジョイデスレゾリューション号に乗った時に食べて知っていたのですが、ピカンパイは今回初めて知りました。
船の夕食には必ずデザートが出ます。取るか取らないかは本人の自由なのですが、周りの人が食べていると羨ましくなってつい手が出ます。アメリカの船では、デザートはもの凄く甘いことが多いので、割と敬遠していたのですが、イギリスの船はおいしいです。前回厨房を案内してくれたWallyさんが毎日作ってくれています。そんなわけで毎日デザートを食べているのですが、ピカンパイとアップルクランブルが出てくると、皆のテンションが変わります。メニューを見て「お!ピカンパイだ!」とか、「今日はアップルクランブルだ!」とか、歓声が聞こえてきます。今日はアップルクランブルでした。僕の前に座って一緒に食べていたDaveさん(以前のブログに登場した人です)、「今日は揚げ物をたくさん食べすぎたからデザートは食べないんだ」と言っていたのですが、僕がアップルクランブルを取ってきたら目を背けるように見ないようにしています。周りの人も取ってくると、ついに我慢が出来なくなったようで「少しだけ取ってくる」と言って席を立ちました。帰ってきた彼の手には山盛りのアップルクランブルが入ったお皿・・・誘惑に勝てなかったようです。(書きながら、写真を撮り忘れたことに気づきました。ご存知なくて興味のある方、インターネットで検索してみてください。両方ともとてもおいしいデザートです)
さて、ついに掘削が終了しました。IODPとして初めて、海底設置型掘削装置を使った航海、しかも掘削の中でも様々な困難が伴う岩石掘削であったため、すべてが予定通り、というわけにはいきませんでしたが、様々なタイプの岩石試料が採取され、そのうちの一部は微生物学用にサンプリングされました。一部は、前回のブログに出てきたMattさんがやっていたようにハンマーで粉々になり、岩石内に棲息している微生物を培養するべく、培養液を加えた上で培養器の中に入っています。船は掘削作業が終了した後、イギリスのサウサンプトン港へ向けて移動を開始しました。今日で移動を始めてから6日目です。実は、前回のブログを書いているときには既に掘削作業は終了していたのですが、話題の内容からして最後が良いかと思い、後に回すことにしていました。
掘削作業が終わっても、まだ、試料の分析は続いています。移動が始まると船は掘削作業の時より揺れます。揺れていると、作業が色々やりにくくなるので、僕の微生物検出に関わる作業のうち、手を動かしてピペットで溶液を吸ったり、フィルターでろ過したりといった実験作業(ウェット作業と呼ばれることもあります)は、掘削終了時の晩までに済ませました。その後に残ったのは顕微鏡での検出作業です。以前のブログでも書きましたが、微生物は目では見えないので、その検出や計数は顕微鏡を見ながら行うことになります。また、微生物とそれ以外の粒子を見分けるために、微生物の体の中に入っているDNAを染める特殊な試薬を使い、ブラックライトを当てた蛍光ペンのように光らせて検出します。光ると言っても、相手は小さいので光の量は僅かです。周りが明るいと見えなくなってしまいます。その為、顕微鏡を置いてある部屋は暗くなくてはいけません。しかも、James Cook号で顕微鏡観察に割り当てられた実験室(写真を現像するような暗室として作られたようです)は、あまり長時間の作業を想定していないのか、それとも必要ないのか、空調がありませんでした。別に寒くはないのですがほんわり暖かいのです。また、他の実験室がある場所と少し離れていて人が通りかかることが少ない場所にあります。ドアを開けていても人はほとんど通りません。暗くて、暖かくて、人通りが無い、しかもゆらーり、ゆらーり揺れる、そうなのです、ここで微生物の検出、カウント作業をしていると、ものすごく眠たくなるのです。
ただでさえ、微生物のカウント作業は忍耐が必要です。一回に見ることのできる範囲は大体0.4mm四方くらいです。しかも、船が揺れるせいでピントが毎回ずれるので、細かく修正しながら見ていきます。これを1200回くらい、時間にして大体1-2時間繰り返すと微生物を載せたフィルター全部を見たことになるのですが、1200回見る中で、微生物が見えるのが数回しかない、ということも良くあります。単純な景色や単調なリズムの繰り返しを聞いていると眠たくなると言いますが、まさにそれが僕の目の前で展開するのです。さらに-これは僕の問題ですが-僕は自分が運転しない乗り物に乗ると、揺れが心地よいのか眠たくなる傾向が強いのです。二重、三重、四重に重なった眠気のトラップにかからないよう、音楽を聴いたり、スース―する飴をなめたり、色々対策をするのですが、かなりつらい思いをしました。ここ数日は、海況が悪くなり、今までになく揺れるようになって、ついに多少気分が悪くなり始めました。ちょうど、大体細胞検出をする試料が片付いたところだったので、この辺で細胞検出はひとまず終わりにすることにして、僕の今回の航海で一番大事な仕事は幕を閉じました。
題名にも書きましたが、イギリスのサウサンプトン港まであと1000キロメートルです。到着予定は現地時間で12月11日の朝10時、あと2日とちょっとで到着です。僕は細胞検出の仕事で忙しく、船内で岩石試料を使った培養実験を開始することが出来ませんでしたので、帰ってから年末の休み前までに頑張って仕込むことになります。また、一月の下旬からは、場所をブレーメンのコア保管施設に移し、オンショアサイエンスパーティという、陸上でのコア分析が行われ、僕ら9名の乗船研究者に加え、22名の新たな科学チームのメンバーを迎え、徹底的に岩石試料の分析を行います。どんな微生物がいるのか、航海で採取された試料からどんな新しいことが分かるのか、これからの研究の進展が楽しみです。
これにて、私の航海レポートは終わりとさせていただきます。掘削作業中、なかなか更新できず、6回しか書けませんでしたが、ヨーロッパ船での航海の雰囲気が少しでも伝わっていれば幸いです。読んでくださった方々、お付き合いいただきありがとうございました。
2015年11月8日 諸野祐樹
レポート5(2015年12月7日):厨房へ潜入!
諸野祐樹(JAMSTEC/Microbiologist)
一人しかいないので引き続き海洋研究開発機構の諸野です。
僕らは4人のチームで正午から真夜中までの時間に仕事をしていることは既に書きました。そのうちの一人、ミシガン大学のMattさんは、同じ微生物学者であり、年齢が近い(きちんと確認していないので定かではないですが、おそらく近いと思います・・・)こともあり、よく一緒に行動しています。彼の奥さんはアメリカ在住の日本人女性研究者とお友達で、日本のことも興味を持って聞いてきます。先日は、「僕は日本のSnow Monkeyを見てみたいんだ!」と言っていました。何のことだ?と思ってよく聞いてみると、「日本では、雪の中で温泉に入るサルがいるらしいじゃないか!あれが見たい!」というのです。うーーーん、確かに聞いたことはあるけど、どこに行ったら見られるのかな。。。わからない!!
外国の方と話をしていて良く気づかされるのが、皆さん、自分の国の事(地理や歴史、民俗etc.)、良くご存じであることです。それに比べてなんて自分は日本のことについて知らないんだろう!と気づいたのは大学院生の時でした。その時通っていた英会話スクールで、江戸時代から明治維新あたりの歴史背景について先生から質問を受け、僕はぼやけた答えしかできませんでした。それから、自分の住む国を見る目が少し変わった気がします。自分が生まれ、住んでいる国である日本を外国の人にちゃんと説明できるように、知識を増やしてきた、、、つもりでしたが、まだ甘かったようです。そこに、前のブログでも登場したSusanさんが「雪の中でサルが温泉に入るの?浸かっているときは良いけど、出る時どうするの?冷えて毛が凍ったりしたら逆効果じゃない!」。さすが科学者です、良いポイント突いてきます。でも、僕には答えられません。。。
船には数台、衛星経由の通信でインターネットに接続された共用PCが研究者や乗組員用に設置されています。通信速度は遅く、皆さんのスマホの通信速度の方が、船全体の通信速度より数十倍以上速いです。かつ、共用PCには日本語入力機能がありません。そのため、船内では分からないことがあったらスマホで検索、というわけにはいかないのです。共用PCの使用順番を待って、英語で検索して、長野県の地獄谷野猿公苑というところでSnow Monkeyが見られることが分かりました。また、サル達は全身を毛に覆われていて汗腺が少ないうえに寒冷地に適応していることから、ほとんど湯冷めしないということまで分かりました。これでようやく説明できます。今後役に立つかは別として、新たな知識が手に入りました。
さて、前置きが長くなりましたが、船内探検の話です。仕事が始まる前、終わってから、又は昼休みなど、機会をとらえて船内のいろんなところをMattさんと探検して回りました(もちろん、行っても問題ないかどうか、責任者のDaveさんに確認してからです)。しばらく前になりますが、ついに厨房に潜入してきましたのでレポートします。今回の航海は、IODPの航海として少し短め、46日間の航海が予定されています。その間、54人の乗員全員が健康に過ごすために欠かすことが出来ない食事、それが船内の厨房で作られています。コックのWallyさんと約束し、厨房、そして食糧庫を案内していただきました。食事が終わったばかりなので厨房はガランとしています。Mattさんがグルテンフリーのレシピ本を見つけました。今回の乗船メンバーには小麦アレルギーの方やベジタリアンの方も入っています。そういった方々も食事を楽しめるよう、細かく気を遣っている様子がうかがえます(新しいことにチャレンジする際には失敗もつきものです。ある日、グルテンフリーのパイ生地を作る!ともう一人のコックであるJohnさんが張り切っていたのですが、夕食の時に、「ごめん!失敗した!」と言っていました)。厨房から奥に入ると食糧庫です。棚には各種様々なスパイス、調味料が並んでいます。夕食のメニューには規則性があり、土曜日がカレーの日なのですが、ここら辺のスパイスを駆使していろんなタイプのカレーが作られているようです。
さらに奥へ行くと冷蔵庫がありました。IODPなどの長期研究航海で必ずと言っていいほど話題に上るのが、「何故1か月たっても生野菜がサラダとして出てくるのか?」という点です。僕らの航海も既に出航から一か月近く経過していましたが、まだレタスがサラダとして出てきます。「どうやって野菜を新鮮に保っているのか?」とMattさんが質問したところ、Wallyさんは棚からぶら下がっている棒のようなものを指さしながら「これさ」と言いました。野菜や果物は、熟すとエチレンという物質を外に放出します。このエチレンは、周囲にある野菜や果物にも影響を与え、成熟を促進します。箱に入っているミカンのうち一つが腐ってしまうと、他もすぐに腐ってしまうのはこのエチレンのせいです。このエチレンを吸着するのが “棒のようなもの”の正体です。これによって、たとえ野菜や果物の一部が腐ってしまったとしても、他に影響が及ぶことはありません。またレタスのような野菜の場合、外側が柔らかくなって食用に適さなくなっても、その部分をめくって取り去ることによって、まだフレッシュな触感を残した中心部分を使うことが出来ます。何回か長期の航海に参加して、いつも疑問に思っていた謎がようやく解けました。
16世紀から18世紀の大航海時代には、ビタミンCの欠乏によって起こる壊血病が、原因不明の病気として恐れられていました。僕らが乗っているJames Cook号の名前の由来になっているクック船長は、世界で初めて壊血病による死者を出さずに世界周航を成し遂げた方だそうです。昔は大変危険だった遠洋航海が安全に行われる背景には、様々な経験の積み重ね、技術の進歩がありますが、日々の食事にもその一端を感じた一日でした。
レポート4(2015年12月3日):フクロウがやってきた!
諸野祐樹(JAMSTEC/Microbiologist)
引き続き海洋研究開発機構の諸野です。今日は大雨でした。外で作業している皆さんはレインジャケットを着ているのにずぶ濡れです。
さて、今日は、先日船に訪れた珍客のお話からです。作業がひと段落し、コーヒーを淹れてこようと持ち場を離れ、戻ってきたら、一緒のシフトで働いているMattさんが僕にこう言いました「さっき、Daveがユウキのこと探していたよ」。Daveさんとは、航海での掘削作業の統括責任者のような方です。その為、何か重要な仕事をやり忘れてしまったとか、間違いをしたのかも!と思い、Daveさんを探そうとしました。ところが、Mattさんが続けて、「フクロウが飛んできたらしくて、ユウキはどこだ!って探していた。ブリッジから見えるらしいよ」と。面白いものが見えるから僕を探してくれていたようです。
何故Daveさんが僕を探してくれていたかというと、航海が始まってからずっと、愛用の一眼レフカメラを肩から下げたままずっと行動し、様々なところで写真を撮っていたのを知っていたからです。「まるで君の三番目の腕みたいだな、いつも持っているじゃないか」と笑われていたのですが、そのおかげで声をかけてくれたようです。その時は夜で暗すぎていい写真を撮ることが出来なかったのですが、翌日の昼に起きてきたとき(僕の仕事時間は正午から真夜中までです)、今度は真夜中から正午までのシフトで働いているSusanさんが「ユウキ、フクロウの写真を撮るなら今がチャンスだって、ブリッジの人たちが言っている。さっきフクロウを見にブリッジに行ったら、航海士の人たちがユウキはどこだ、今ならいい写真が撮れる、って言っていたわよ」と言います。食事の時までカメラを肩から下げていたので、船の人みんなに覚えられてしまっていたようです。
そんなこんなで撮影したのが今回の写真です。Daveさんが陸にいる詳しい人に写真を送ったところ、Short-eared owl、という名前らしい、と分かりました。ネットで検索することが出来ないので日本名は分からないのですが、「コミミ(小耳)フクロウ」といったところでしょうか。名前を教えてくれた方によると、航海中の船舶で多数の目撃例がある種類と知られているようですが、足に水かきがあるわけではないので、海面に降りて休むということは出来ないように見えます。つまり、降り立つことのできる地面か、船かが無い限り、ずっと飛び続けなくてはならないということです。僕らがいるところは大西洋のど真ん中、一番近い島までも数百キロあります。どうやって飛んできたのでしょう??船から船へと飛び渡っているのではないか、というのがみんなの想像でしたが、案の定(?)、丸一日ほど船のクレーンの上で羽を休めた後、どこかへと飛び去ってしまいました。周りには何も見えませんが、次に降り立つ船がちゃんと見つかることをみんなで祈りました。

写真1:航海中にふらりとやって来て、ふらりと去っていったフクロウ(Short-eared owl、コミミフクロウ?)。やってきた晩にブリッジに上がって見たときには、小さい鳥を捕まえて食べているところでした
さて、前回のブログで予告しました実験についてです。今回の掘削航海はLost Cityと呼ばれる場所を中心とするいくつかの箇所で海底下の岩石を採取し、超極限環境に棲息する生命、およびその生息環境の地球化学的解析、および岩石学的な研究を行うことが目標とされている、というのは既に書きました。この中で、「超極限環境に棲息する生命」に関する研究を目的として僕は乗船しています。生命、というと、目で見える動物や、植物などを思い浮かべる方が多いかと思いますが、この場合の生命とは、目に見えない、1ミリの千分の一ほどの大きさしか持たない、微生物と呼ばれるものを想定しています。海底の岩石地盤の中には大きな生物が生息可能な空間は無いのですが、細かな無数の穴が存在します。また、今回調査対象となっている岩石地盤は、岩石と水が触れ合うことによって起こる蛇紋岩化反応が起こっている場所だと考えられています。蛇紋岩化反応では、岩石の体積が膨張することが知られており、これによって岩石に微小なひび割れが起こります。このひび割れを伝い、岩石の中でも水の流れが起こります。水は様々な物質を運んできてくれますので、微生物にとっても良い住みかになるのではないかと考えられています。ただ、超極限環境であることには変わりはありませんので微生物の数は少ないと予想しています。少ない数の微生物を数えるやり方や、その難しさは、以前紹介したナショナルジオグラフィックのWebブログ(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/041500005/101500008/)で詳細に解説したのでご覧ください。
以前のブログではきちんと触れなかったのが、作業をしている環境からの汚染です。例えば、食べ物や水などは放っておくと腐ります。腐る、というのは、微生物がそこに付着して、増殖していることによって起こるものです。また、味噌や納豆、チーズや酒類も微生物の活動によって作られています。つまり、僕らは微生物に囲まれて生活していると言えます。また、船の場合には空調吹き出し口に何やら黒いもの(おそらくカビ)が付着しているのが見えたりするので、陸上の研究室より作業環境の空気としては汚い可能性が高いと考えています。こんな空気の中で少数の岩石内微生物を調べようと思っても、空気中に浮遊している微生物が試料に混じってしまい(汚染)、見分けることが出来なくなってしまいます。そんな汚染を避けるために、今回は、持ち運びのできるクリーンルーム装置を日本から持ってきました。持ち運びが出来ると言っても、大きめの箱二つ分くらいにはなってしまうのですが、通常の装置に比べると相当小型です。しかも空気の流れがテーブルと平行(クリーンベンチと呼ばれる装置では、上から下へ空気が流れることが多いです)に流れるので、ハンマーで岩石を砕くときの手の動きや、上から試料を確認したりすることに全く支障がありません。この装置のおかげで、岩石1立方センチメートル当たり100個を下回るくらい細胞が少ない試料でも、船上で数えることが出来ています。

写真2:日本から持ってきて、微生物ラボに設置したクリーン装置。横の白い箱二つが、真ん中へ向かって清浄度の高い空気を吹き出すため、この二つの間の空間は半導体工場なみの空気清浄度を持つクリーン空間となる。
レポート3(2015年11月30日):あっという間に終盤
諸野祐樹(JAMSTEC/Microbiologist)
更新が滞ってしまいました。再び海洋研究開発機構の諸野です。日本では冬が近づいてきているころでしょうか。北大西洋の真ん中のこちらは、昼間は半袖で過ごせるほど暖かい日が続いています。
前回のブログ更新から、忙しく働いておりました。気が付けば航海も終盤に差し掛かっています。
今回の航海はイギリスのJames Cook号によって行われていることは既にお知らせしましたが、乗員54名のうち、9名が研究者チームです。12時間交代で仕事を行い、僕らのシフトでは4名の研究者が作業に当たります。・・・そう、4人しかいないのです。今まで乗船した航海の中で、最も作業に当たる人数が少ない航海です。もちろん、4人の研究者の他に採取された試料を整理、管理するキュレーター、データベースへの情報登録の担当者、化学分析専門のテクニシャンなど、サポートにあたる方々もいます。この方々と一緒に作業に当たるのですが、それでも試料が船上に上がってくるときはとても忙しくなります。
というのも、前回のブログにも書いたように、今回の掘削航海では海底設置型の掘削装置を使うからです。海底設置型、ということは、海底に掘削装置を降ろし、そこに掘削装置が留まった状態で掘削作業を行います。掘削装置と船上とは電力や情報を伝達するケーブルでしか繋がっていません。そのケーブルを伝って掘削試料を上げてきたりは出来ないので、掘削装置には採取した海底下岩石試料の入ったパイプを格納する回転式のラックが備えられています。そう、掘削装置は海底面に降りてから掘削終了までに得られたすべての試料を持って上がってきます。つまり、突然忙しくなるのです。
そのスケジュールは予想がなかなかつけられません。掘削作業が順調に進んでいるかのように思って別の作業を行っていると、突然EPM(航海プロジェクトマネージャー)のキャロルさんが実験室に飛び込んで来て、「ユウキ(僕の名前です)、RD2(イギリス地質調査所の掘削装置)があと1時間くらいで上がってくるわよ、準備して!」と言われたりします。その理由は様々なのですが、大体掘削作業がうまく継続できなくなって上がってくることが多いです。僕らの足下に拡がっている海底下の岩石は非常に多様性に富んでいて、柔らかいところがあったかと思うと硬いところがあったり、ボロボロと崩れやすいところがあったり、とても掘削が難しいとのことです。その為、色々試行錯誤しても掘削がうまく行かなくなってしまうこともあります。
今回の掘削航海では、乗船する研究者の数が限られているため、コアが採取されて速やかに作業を行う必要がある微生物用、有機地球化学用の試料採取が航海中の主な作業です。一度にたくさん試料が船上に上がってくるため、研究者、サポートスタッフ達が協力して処理にあたっています。微生物学者として乗船している僕はミシガン大学から来ている同じく微生物を専門とするMattさんとコンビを組んで試料のサンプリング作業を行っています。このサンプリングは、試料の変質を出来るだけ避けるため、摂氏10℃にコントロールされた微生物実験室で行われています。昼間は半袖で・・・と最初に書きましたが、微生物実験室ではフリースを着て試料の処理を行っています。外が暖かいこともあり、この微生物実験室でのサンプリング作業ではかなり体力を消耗し、作業を行った日は、ぐったりと疲れてしまうこともしばしばです。
試料があがって来たら、次の掘削装置が海底に降ろされます。掘削作業中には、それまでに得られた試料を細かく砕き、岩石環境に棲息する微生物を培養するための培養液を添加したり、岩石に含まれるガス成分の測定をしたり、様々な分析、実験が行われています。僕は、岩石中に存在する微生物を検出して数えるための作業を行っていますが、この実験については次回のブログでご紹介することにしたいと思います。
レポート2(2015年11月6日):もうすぐオンサイト!
諸野祐樹(JAMSTEC/Microbiologist)
しばらくご無沙汰しておりました。海洋研究開発機構 高知コア研究所の諸野です。
予想外の高波(最大で8mあったそうです、相当揺れて、船酔いの人が続出しました)や風に揉まれながら船は進み、少し遅くなりましたが、ようやく今日、最初の掘削サイトに到着します。
これまでの間、上がってきたコア試料(海底から円柱状の試料を掘り出してきたものを「コア」と呼んでいます)をどのように取り扱い、観察し、サンプリングするか、各分野の研究に支障が無いのはどのようなやり方か、乗船する前から続けてきた議論をまとめ、実際のワークフローとして集約してきました。それに基づいて作業スペースをセットアップし、サンプルの処理が滞りなく進むように準備が整いつつあります。
10月31日の仕事が終わってからは、ハロウィンパーティもありました。以前、アメリカのジョイデス・レゾリューション号に乗船したときもハロウィンの時期で、パーティの時に周りの人が仮装を楽しむのを見ていただけで後悔した僕、今回は決心して顔を緑色に塗りました。僕が誰だか分からなかった人もいたみたいで、翌日の朝食時にその話をしていたら、ドイツ人のエンジニアさんが「ああ、あれは君だったのか!」と驚いていました。船員さんも掘削チームも科学者も、皆でハロウィンの夜を楽しみました。

写真1.コチーフのベスさんと。彼女の仮装が一番手が込んでいました。
さて、まじめな話に戻ります。今回のIODP 第357次航海では、IODPで初めて海底設置型掘削装置が使用されます。これまでのIODP航海では、海底下の試料を得るため、海上に浮かぶ船からパイプを海底まで降ろして掘削を行う掘削船が使用されてきました。今回用いる海底設置型掘削装置は、名前の通り、掘削装置を海底まで降ろして海底面から掘削を行います。掘削装置と船は電源供給やデータリンクを行うケーブルを介して繋がっています。この装置のメリットとしては、海上からパイプを下ろす必要が無いために、大掛かりな掘削船を必要としないところです。
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写真2、3.海底設置型掘削装置 イギリス地質調査所(BGS)のRD2、左がブレーメン大学のMeBo、今回は二種類の装置を用いて海底から岩石試料を採取します。 |
もう間もなく最初の掘削地点に到着します。到着したら、まず海底の状況を調べ、海底付近の海水成分を調べるための採水を実施します。その後、待ちに待った海底設置型掘削装置を水深1140メートルの海底に降ろし始めます。海底での掘削作業は2-3日間続き、掘削作業の完了後、掘削装置を揚収します。つまり、最初のコア試料があがってくるまで、サイトに着いてから2-3日かかるということです。
今日は、朝からワークフローの最終チェックを全員で行いました。これから一日二交代の24時間作業が開始します。僕は正午から真夜中のシフトを割り当てられていますのでそのまま準備作業を継続し、真夜中からのシフトの人たちは、休息をとるためにそれぞれの部屋に戻りました。十分休息をとることは、事故やケガが無いように作業を進めるために非常に重要なことで、「休むことも仕事の一つ」としてかなり厳密に管理されています。
レポート1(2015年10月28日):出航しました
諸野祐樹(JAMSTEC/Microbiologist)
海洋研究開発機構 高知コア研究所の諸野といいます。今回の掘削航海には微生物学者として参加します。
今回の研究航海、Expedition 357では北大西洋中央部に位置するLost Cityと呼ばれる場所の付近を掘削します。「失われた街(Lost City)」と名付けられたこの場所では、地下からpH 10-12程度のアルカリ性の水が地下から浸み出してきていることが知られており、極限環境と言われる海底下でも指折りの「超」極限環境と言えるかと思います。これは、海底下で起こる岩石と水の相互作用によって起こると考えられていますが、単にアルカリ性であるだけでなく、水素や単純な有機物質も多く含まれていることが分かってきています。つまり、生命が存続するために必要な成分も豊富に供給されているということで、生命の起源やその進化といった観点からも注目を集めています。今回の航海では、このLost Cityを中心とするいくつかの箇所で海底下の岩石を採取し、超極限環境に棲息する生命、およびその生息環境の地球化学的解析、および岩石学的な研究を行うことが目標とされています。
掘削地点は北大西洋の真ん中、中央海嶺と呼ばれる場所から少し西へ行ったところです。イギリスの船、James Cook号(写真)に乗船した私たちは、10月26日にイギリス南部のサウサンプトンを離れ、掘削地点へ出発しました。Exp. 359に乗船されている方のブログには掘削地点まで2週間かかると書かれていましたが、僕らはそれより少し短く8-9日で到着する見込みです。ただ、海況があまり芳しくなく、出発から2-3日はきつめに揺れるとの連絡がありました。僕はあまり船酔いをしないので大丈夫ですが、今朝、サイエンスパーティ(乗船研究者)の一人であるスーザンさんが真っ青な顔をしているのを見ました。ブログを書いている27日は一日中相当揺れていました。
今回の掘削航海に乗船する研究者は全部で9人、IODPの航海としては随分こぢんまりとしたメンバーです。しかも、微生物学者が5人もいます。というのも、掘削を行うこと自体が航海の主目的で、試料の観察や分析の大半は陸上に帰ってから行われる予定になっているからです。しかし、微生物は生ものです。掘削によって得られた試料が陸に戻ってくるまでの間に、調べたい微生物が死んでしまったり、別の微生物が増えたりしてしまいます。その為、僕らが乗船し、陸上で培養を仕込んだり、試料を凍結したり、微生物研究が滞りなく進むように、船上で様々な作業を実施します。
今回乗船した研究者で日本人は僕だけです。これから一か月半、一人でどれだけレポートできるかわかりませんが、少しでも航海、研究の雰囲気を感じていただけるように頑張ります。
追伸:先週、ナショナルジオグラフィックのWeb版で、私の書いたリレーブログ記事が公開されました(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/041500005/101500008/)。今回の研究航海におけるミッションの一つでもある細胞検出についての解説もあります。宜しければ併せてご覧になってみてください。